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新作への思い(団子と珈琲のレコーディング前のコメント)

ORITOの新作では、ソウル・ミュージックはもはや、ORITO一個人が下記の題材やテーマを描き出す為に、最も適した音楽様式にすぎないのです。つまり、新作はこれまでのORITOが得意としてきた、本場アメリカのソウル/R&Bを日本向けに翻訳し、その本質や空気感を損なわず再現した、というだけの作品にはなりません。

ORITOの新作の題材とは、日本という国の、世の中の片隅で平凡に暮らしている庶民の生活。その中で繰り広げられる 愛や友情、家族の絆、生命の誕生、失恋、労働する姿、その時代の社会状況に翻弄されながらも生きていく姿です。そのような、巷にあふれ過ぎてその価値を軽んじられがちな人間の営みを、ORITOは自分の楽曲と歌声によって今一度、力強くそして美しく描きたくなりました。しかもそれを、“アーティスト”という一見 高尚な天上人のようでありながら実は世捨て人であるという立場を捨て去り、ORITO自らも俗塵にまみれつつこの浮世を生きる“庶民の一人”にすぎないという視点と立場に身を置いて、リアルに歌い上げていきたくなったのです。そして、2003年から自分の実生活をも、そのように一変させました。

現在の日本のように、経済力の格差や事業の成功・失敗、時代の先取性の有無といった点だけで、人々が勝ち組と負け組にむやみに大別されていく状況と、勝ち組やセレブといったごく少数の特権的な人の仕事ぶりや生活ぶりばかりが、TVや雑誌等で華々しく紹介されている状況に、ORITOは言葉にならない虚無感をおぼえてなりません。

人生の本当に深い意味での栄光、幸運や幸福、そして生きる大きな価値は、はたしてそういうごく少数の勝ち組・セレブと称される人たちにしか、与えられていないものなのでしょうか? そんなはずはないと、ORITOは信じます。人生の栄光や幸運・幸福、生きる価値は、勝ち組だけでなく、その他大勢の普通の人々にも平等に与えられているものなのだと。ただ、そのことが最近の日本では、一般大衆によって胸を張って大声で語られようとされないままになっているだけ。あるいは、そのことを伝えてくれる報道や文学や芸術、そして音楽が少なすぎるだけのことなのだと、ORITOは思います。ORITOが新作で描き出し、歌い上げたいテーマとは、世の中のあちこちで繰り広げられる庶民のありふれた暮らしの中にも、美しくそして豊饒な瞬間や物語がたくさんあるのだ、ということなのです。あえて今、ORITOは、そうゆう歌を世に送り出そうとしています。